令和7年11月25日、岩美町の長戸清町長が再選を果たした。この4年間、町長が取り組んできた事柄について、簡単だが説明させていただきたい。
長戸氏は令和3年、榎本・西垣という町長の後を受けて就任したのだが、どちらかといえば目立たない存在だった。周囲から出馬要請を受けた際にも「私には荷が重い」となかなか首を縦に振らなかった。
榎本氏のようなカリスマ性は無かったし、西垣氏のように国の官僚から一目置かれるような才能と人脈も持たなかった。
ただ、おそらく周囲からの助言を受けて、長戸町長は国土交通省が主催する講演会、シンポジウムなどに欠かさず出席するようにした。とりあえず、顔を覚えてもらうことが大切だ。ネット社会とはいえ、じっとしているわけにはいかない。
まずは東京に出向いて、国が進めている事業を現場で学ばなければならない。
こうして、毎月のように東京を訪れているうちに 「なんか、毎回出席している人がいるようだが、あれはどこの人だ?」と霞が関の建設系の官僚たちがささやき始めた。無視できない存在になっていたのだ。
要するに「鳥取と島根の違いも分からない」ような官僚の間で、岩美町・長戸清町長の名前が挙がり始めたのだ。当然ながら、鳥取河川国道事務所にも連絡が入る。
令和7年2月17日に開催された岩美町と鳥取河川国道事務所、鳥取県土整備事務所との意見交換会の席上、貴田勝太郎鳥取河川国道事務所所長は「長戸町長は国土交通行政について最大の理解者。今後も我々は、岩美町をできる限り支援させていただく」とねぎらった。
霞が関官僚の心を動かし、岩美町の存在感、知名度を飛躍的に向上させることに成功した瞬間だった。そういう出来事があったことを、ささやかながらお伝えさせていただくことにした。