
石破茂元総理は3日に岩美町で個人演説会を開催し、岩美町の住人ら103人を相手に熱弁を振るった。会場には出川桃子参議をはじめ広谷県議、長戸町長らも出席した。
石破氏は「この2月の投票日というのは実に36年ぶりということになりますが、今回は最初の時と同じような選挙をしたいなと話をしておりました。私は昭和59年の9月に鳥取に帰ってきたのです。当時の鳥取県知事は西尾邑次さんでした。
私は田中角栄さんから「出ろ」と言われ出馬したわけですが、角栄先生はよく言っておられました。「おまえなぁ、歩いた家の数しか票は出んのだ。握った手の数しか票は出んのだ。おまえみたいなあんちゃんが選挙に出れるのは、それはお前はどんなもんだか分らんが、お父さんの名前ならだれでも知っとる。そのおかげでお前は出れるんだ。そう言われて悔しかったら1件ずつ歩けと。1日200件300件歩け」と。
それで私は来る日も来る日も200件300件多い日は600件歩いたこともあります。けれどもそれだけ歩いて5万4000件歩いて出た票が5万6534件でした。まぁそういうものだなと思いまして。
今回の選挙は、もう一度原点に戻って1件ずつ歩いてやりたいなと言ったんですが、急な選挙になってしまいまして、1件も歩かぬままにこうやって選挙をしております。せめて私自身がマイクを持ってお願いするということをやっておりますが、もう今日は火曜日でありまして、火水木金土とあと五日間しかありません。今日は最終は隣の新温泉町に行って谷さんの演説会に出てまいります。明日から秋田、茨城、愛知県など回ります。
ところで岩美町といえば私の勝手な思い込みかもしれませんが、ものすごく思い入れがあります。私は小学生の頃、浦富におりました。今は無き三浦旅館さんに1~2週間宿泊しました。臨海学校は小学校・中学校と浦富でした。「臨海学校で浦富に宿泊し小学校6年生の時、8キロの遠泳を行った」ことや、東浜中学校で初めて見た特急まつかぜに感動したこと、岩美町の銘酒・瑞泉のまろやかな味わいを県外で宣伝し「諏訪泉に怒られるかもしれない」と笑わせた。
最後に「陸上中央線、西脇海水浴場の崩落危機・通行止めの問題ですが、これは必ずやります。長戸町長が来られた時に、国交省の道路局長に直接電話をしておきました。岩美が良くなることは日本が良くなることに通じると私はよく肝に銘じて、岩美町の皆様方の一人でも多くのご支持を賜りたいと思います。よろしくお願いします」と訴えた。